コーヒーの思い出エピソード
2021/05/21

海の向こうに憧れて

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あの時の私 さん

30年ほど前。当時中学生だった私は、外国、特に欧米の文化に憧れを抱いていた。片田舎の小さな町で、少女マンガ雑誌の裏表紙に載っていた国際文通の広告を眺めては、「アメリカやイギリスのことをもっと知りたい」と漠然と想いを馳せる毎日だった。

そんなある日、駅前に小規模の英語塾ができた。
――通ってみたいな。英語を習えば、海外の人と交流できるかも…。
両親に相談してみると、あっけないほど簡単に「OK」の返事がもらえた。親にしてみれば、高校受験の助けになるという考えも働いたのだろう。

学校の授業以外で触れる英語は、なぜか不思議な新鮮味があった。ホワイトボードに書かれた英単語がするすると頭に入ってきて、まるでショートムービーみたいに情景を描き出す。自分のいるこの場所が、海の向こうの世界へとつながっている気がした。机を並べる仲間たちの誰よりも、私は目を輝かせていたと思う。

「Let's take a break!アメリカ流にコーヒーでひと息つきましょう」
私たちの集中力が切れそうになる頃、ふいに高らかな声が響く。
まだ20代だった女性の先生は、すらりとした手で簡易式のドリップバッグと電気ポットを操り、コーヒーを淹れてくれた。インスタントではないコーヒーを飲むのは、この時が初めてだった。辞書の隣に置かれたマグカップからは、芳ばしい香りがふわりと漂う。

「なんかオシャレだね。小指立てちゃおうか」
仲間たちと冗談を交わしながら、ミルクも砂糖も入っていないコーヒーをおそるおそる口に運ぶ。当時の私にとっては未知の領域に足を踏み入れるような気持ちだったが、背伸びしてでも味わいたかった。
――うわッ、濃くて苦い。でも、これがきっと海の向こうの味なんだ。
心のうちでつぶやく。飲み慣れない味に顔をしかめつつも、ひそかな感動を覚えていた。

あれから人生を重ね、さまざまな経験をしてきた。憧れだった異国の地も訪れたし、今ではコーヒーは生活に欠かせない存在だ。

初々しい夢とまっすぐな好奇心に満ちていたあの頃。
小さな町の小さな塾は、その先に広がる未来への扉だった。
もう二度と巡ってくることのない日々だからこそ、私の記憶の中でいつまでも眩しくきらめいている。

本エピソードは、AGF®パートナー あの時の私 さんの体験を基に執筆しました。

 

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